やっぱり小さくなくちゃ(笑)。
by today216
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阿木耀子

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お約束通り大作になってしまいました(笑)。この手の話は今後書くことがあるかどうかを思うと今思っていることを全部入れたくなって入れてしまいました。そういうわけで、途中話がかなり飛んでます。



山口百恵よりきれいですね。才色兼備とはこの人のことでしょう。

ポルシェ購入を意識するようになって山口百恵が気になり出しベスト盤を買ってみると後半の曲はほとんどがこの人が作詞、だんなの宇崎竜童が作曲したことを発見。今度は阿木耀子のことが気になり出しました(ほとんど行き当たりばったり(笑))。
60曲以上を山口百恵に提供したということですから彼女の後半部分で他の人が作詞したことがわかっている曲、コスモスとかいい日旅立ちとか以外は全部、ということですね。ちなみに山口百恵の時代は3カ月毎に新曲をきっちり出してましたから8年で約32曲、当時はCDは無かったので裏表2曲で60曲くらい、アルバムを半年ごとに出していたとして彼女の歌った歌は全部で約120曲くらいですね。そのうち半分以上ということでしょうか。山口百恵と阿木耀子はある時期一心同体だったんですね。

宇崎竜童といえば、ダウンタウンブギウギバンド、ダウンタウンブギウギバンドといえば港のヨーコヨコハマヨコスカです(それしか知らない)。この歌、題名にヨーコと入っているので結婚する前に宇崎が阿木耀子に捧げた歌かと思っていたら実は作詞は阿木耀子本人だったんですね。ふつう、自分の名前を入れるか?(芸名を後から付けたのか?)
それにしても調べていくとびっくり。キッスは目にして、微笑み返し、Desire、紳士同盟、と山口百恵に提供した以外の曲も知っている歌ばかり。もちろんレコード大賞を受賞したジュディオングの「魅せられて」も彼女の作詞だったんですね。

山口百恵の後半の曲が阿木耀子作詞だったことを知ると今まで謎だったことが一気に氷解します。一番の謎は「ロックンロールウィドウ」。
当時、この歌はどう考えても山口百恵の歌とは思えなかったんです。結婚する相手は三浦友和とすでに公表されてましたし、彼はロックンローラでは無いし、もちろん、結婚もしていなかったのですからあまりにも当時の山口百恵の状況とかい離していたんです。もっとも歌詞が歌手本人のことと違うのは当然なんですがそれにしてもあまりにも離れていたのでかなりの違和感をもって聞いていた記憶があります。
でも、これが阿木耀子の歌となると話は別。旦那の宇崎竜童は一応ロックンローラですし、「人の曲にはケチ付けて」とかのせりふ、まさしく阿木耀子の曲ですね。とすれば、この曲、阿木耀子が旦那を当てつけたとんでもない曲になります(^^ゞ 旦那のことを誰かに聞かれたら「夫はとうに亡くなりました。良い人でした。」と言うわ(女は怖いですね〜)とか、カッコばかりつけて中身が無いとか(まさしく宇崎竜童そのものです(爆))、若い女の子と遊んでばかりで腹が立つ、とか。シチュエーションとしては、旦那はロックンローラで若い女の子にモテモテでたくさんの女の子を侍らせて遊んでばかり居るので私は未亡人のようなものよ、シクシク、なんですが、阿木耀子にかかるとこれだけ開き直った強い歌(ある意味面白い詩(笑))になるんですね。
ポルシェの歌も「ガキのくせに生意気言うんじゃないわよ」、とか、「女を馬鹿にするんじゃないわよ」、とか、散々(ポルシェの車内で)相手のことを言ってますが、最後には「あなたの元に帰るわね」、と言って救われます。でも「ロックンロール・ウィドウ」には最初から最後までそんな救いの言葉はありません。相手をケチョンケチョンにしたまま終わってます(爆)。
「ロックンロール・ウィドウ」って山口百恵のラスト前の曲ですよね。ラストはさよならの歌を歌うことがたぶん決まっていたのでしょうから、この曲が自由に作詞作曲できる最後の歌だったことになります。
Y:最後だから宇崎さんの好きなように作曲してください。
U:よし、じゃあ得意なロックンロールにでもするか
Y:耀子さんも自分のことを作詞していいですよ。
A:じゃあ旦那のことを書くわ、ふっふっふっ。
と言うわけで、こんな詩が出来たんですね(嘘爆)。

ポルシェの歌、「プレイバックパート2」も山口百恵がポルシェに乗っている姿はなかなか想像できません。当時のポルシェは930、TIPSはもちろん無かったのでMTですね。73カレラが出て930ターボが出てポルシェの黄金時代でしょうか。山口百恵がこれに乗って緑の中を気持ちよく走っているのを想像するのはかなり無理があります。そもそも山口百恵は当時まだ二十歳前。でも阿木耀子なら想像できます。彼女だったら思いっきりアクセル踏んでもおかしくありません。

ところでパート2があるのなら1もあるの、と言う疑問が湧きますが、これは当時からあること自体は知ってました。
「先輩、パート1ってあるんですか?」
「あるけど、1の方は悲しい女の子の話だよ」
「へ〜」
と言う会話をしたからなんですが、実際に自分がパート1を聞いたのはつい最近の話。
初めてHをした女の子が相手の男に、もう指では数えきれないほどの男と寝たわ、と嘘をついたら二度とその男から連絡がなくなってしまいました。せめて今度連絡が来たら本当のことを伝えたい(シクシク)。と言う本当に悲しい女の子の歌です(笑)。これをまじめに歌う山口百恵には改めて驚かされます(笑)。パート1の方も阿木耀子が作詞していたら同じシチュエーションでも全く違った歌詞になったんでしょうね。

もう一つ「美・サイレント」。楽曲はとても美しく出だしもきれいな歌なのに歌詞に伏せ字が入った曲です。有名な歌で歌詞に伏せ字が入っている曲はこれが唯一じゃないでしょうか。「女の私にここまで言わせて、じらすのは楽しいですか」、ここまでってどこまで言っているのか伏せ字になっているのでわからん。ハァハァ、というSMの歌なんですね。この歌を歌う時は山口百恵もきれいは服を着て歌っていたような気がします。
作曲が先か作詞が先かわかりませんが、曲が先だとすると宇崎竜童としてはせっかく作った俺の曲になんて詞を付けるんだよ、と言う感じでしょうか。そこで、「ロックンロール・ウィドウ」で、「人の曲にはケチ付けて」と言うせりふが飛び出すんですね(笑)。次々と繰り出す阿木耀子の女の内面の詩を必死で表現しようとする山口百恵、ただただ美しい楽曲を作り出す宇崎、と言う3人の関係、面白いです。(そういえば、この「美・サイレント」も紅白でトリを歌ったんでしょうか、私の記憶も含めて今一つはっきりしません)

そういうわけで、こんなに素晴らしい作詞の歌で育ってきた我々の年代は、詞のない歌謡曲は考えられません。その点、小室哲哉の作る歌はひどかったです。曲は素晴らしいんですが詩が無いのですね。単に曲にあった単語を並べているだけで全体として言葉になってません。何でこんな歌がミリオンセラーになるの、って言う思いがありました(あっ、篠原涼子は好きです。念のため(笑))。
山口百恵はともかくその後の松田聖子や中森明菜、フォークソングでもかぐや姫やユーミン、吉田拓郎やさだまさし、みんなちゃんと意味のある言葉を語ってました。
そもそも作曲と作詞の才能って全く違うものなので本当は同じ人がやったらダメだと思うのです。作詞作曲が同じ人だとどちらかが平凡になると思うのですが、小室の場合は平凡になるのがいやだったのか訳がわからない詩にしていたような気がします。
小室以後は作詞作曲をふつうの歌手がやるようになったのはやはりカネの流れを彼が変えたからでしょうか。小室以前はレコード会社とか事務所とかがカネの流れを支配していたので作詞と作曲を別の人に頼めたけれども小室以後はカネを自分でコントロールするようになって作詞も作曲もとなった様な気がします。あっ、これは別に悪いことじゃないですね。ただ、才能のある人がある程度で満たされてしまって長続きしなくなる感じがします。でもモモエ御殿と言われた本社ビルを建てた事務所に対して本人にはわずかしか金が渡らなかったであろうことを考えると、小室のやった革命は素晴らしいのかもしれません。

ただ、その後の世代はまた歌詞のある曲が復活しましたのでおじさんとしては安心してます(笑)。宇多田ヒカルなんて詞の部分はえらく幼稚なんですが曲が素晴らしいですね。もちろん15歳の小娘と30歳の女の人の作った歌を比べてはいけませんが(笑)。そういえば、外国の曲も日本語に訳すとこんな感じに幼稚っぽくなりますね。<=こちらはわかりやすい、と言った方が良いのかな。

山口百恵といえば前にも書きましたが私にとっては青春時代と重なります。下はボート部での食事中の一コマ。
キャプテン:今電話があってあの「ファイト、イッパーツ」と言う宣伝にでないか、と言われたよ。
他の人:えっ、それでどうしたんですか?
キャプテン:多分我々のオールの色が薄い青なので水に映えるから我々を選んだんじゃないかな。でも、我々が漕いでいるのを宣伝に使うなら良いけど、あの役者が乗って漕ぐと(8人乗りなので他の6人は我々という想像です)、バランスが崩れてまともにCMにするためにはかなりの時間がかかるよな。で、練習の邪魔になるから「馬鹿野郎」といって電話を切ったよ。
他の人:えっ。
私の隣に座っていたヤツ:でもキャプテン、もしかしてその役者が山口百恵だったらどうするんですか。
キャプテン:えっ。
その時キャプテンがハシを落としそうになったのを私は見逃しませんでした。キャプテンが短気でなかったら私たちは山口百恵とお近づきになっていたかも知れません(笑)。

ちなみに、大学の体育会系の部のキャプテンというのは会社の社長のようなものです。監督は飾りです。すべてを取り仕切っていて責任も重大です。このキャプテンの世代から4連覇が始まったのですから偉大な人ってこんな感じなんですね。
ちなみにこのキャプテン、今は悟りを開いたのか牧師さんをやってます(笑)、って笑えません。すみません。私の隣に座っていた「山口百恵だったらどうするんですか」と言ったヤツは次のキャプテンでNHKに就職しました(爆)←こっちはこれで良いかな。

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by today216 | 2007-07-06 21:51 | 文化論
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